家事騒動。
5月20日 (金) 晴れ。
野菜の手入れ。トマト・キュウリ・インゲン・ナス・スイカ・オクラ・スイートコーン・ニガウリ・しょうが・の手入れをする。
除草・堆肥投与・畝作り・をする。
4月28日から5月5日まで、妻は実家へ帰っていた。
その間、家事の大変さをつくづく体験した。
朝は5時に起きて、朝ごはん作り、子供二人の弁当作り、洗濯物を干して、仕事をして、お昼ごはん作り、又仕事をして、夕方は風呂を沸かしながら、夕ご飯を作り、食べ、風呂に入ると、後はもう寝るだけ。
ブログを書く余裕はなかった。
家事を司る、世の女性群は偉大である。
日頃、私は家事をするほうだと自惚れていたが・・・・・・・。
ホタル・カブト虫。
5月21日 (土) 曇り。
人吉市の稲作り仲間の種まき日。
朝から手伝いに行く。
二人で、20キロ離れた須恵まで、種まき機を借りに行く。
10時より種まき開始。両親・友人・彼の妻・中1の子ども・私の6人で種を播く。
途中、機械の調子が悪い時もあったが、どうにか11時30分に作業終了。
「ヒノヒカリ」12キロを200枚に播きつける。60アール分である。
機械を返してから、友人宅で、お昼ごはんをご馳走になった。
その後、家に帰って、2年前から準備していた堆肥を、田んぼへ撒いた。
堆肥の中に、カブト虫の幼虫がたくさん成育中である。
申し訳ないが、幼虫も一緒に田んぼへ撒く。
稲より、カブト虫が、大切なのかもしれないなあ?
夜、森林組合の地域集会に参加。
帰り道、ホタルを沢山見た。
50匹くらいはいただろう。
松本農園の周辺が、一番多く飛んでいた。
今夜は雨だろうか?
稲の種まき。
5月2日(月)晴れ。
田んぼのアゼ草払い。
明日の水稲種まきの準備、夕方は播種機の借用に行く。
3日(火)晴れ。
農業仲間2名、息子、私の4人で稲の種を播く。
2.5ヘクタール分・700枚の育苗箱に、育苗床土を入れ、種を播き、覆土して、その箱を田んぼに2列に並べる。1列150枚で、4列と少しを並べた。
品種は、この付近で多く作られている「ヒノヒカリ」がほとんどで、他に普通稲種「アキゲシキ」、特別稲種「赤米・黒米・緑米・他4品種」を播きつけた。
4日(水)晴れ。
本当は、昨日は種まきで終わり、田んぼに並べたのは、本日である。
今日も手伝いに2名来てくれて嬉しい。
昼迄に、稲の育苗箱並べ・潅水・トンネル覆い・トンネル押さえ、を終えた。
お昼に、隣の田んぼの友人、ショウガ・プロジェクトの人たちも加わって、発泡酒で乾杯。種まき祝いをする。
午後はアゼ草払い。
5日(木)晴れ・曇り・夕方大雨。
友人と種まき機を返しに行く。借用料、5000円。本当はもっと高いのだが、安くしていただいている。
帰ってきてから、友人は我が家のトラクターで水田の荒起こし。
私はショウガ植え付けの準備。
夕方、雨が激しくなってきた。
先月28日より里帰り中だった妻を、鹿児島空港まで迎えに行く。20時空港着。
妻は実家の母の米寿の祝いと、私達の娘の子ども(孫)の初節句に行っていたのである。
6日(金)晴れ。
ショウガの本格的な準備が始まる。
ここから先は、又書きます。
久々の雨
5月18日(水) 雨。
朝からポツポツと降ってきた雨は、午前8時頃には、本格的な雨となる。
午前中、よく降った。
5月5日以来の雨である。
大地も草木も、さぞや嬉しかろう。
入院中の母を、別の病院の専門医に診てもらうため、介護タクシーを利用して連れて行く。
人はだれでも老いる。
私も又。
地区関係の回覧板を、2種類作って区長さんに渡した。
1:地域づくりモデル地区会議のご案内。(関係者32名)
2:森林組合地区集会のご案内。(関係者35名)
大雨の日の共同作業。
5月1日(日):大雨のち曇り。
昨日の夕方、庭にポリバケツを据えた。
簡易雨量計である。
どれ位の雨が降るか測ってみようと思いついたのである。
小学生の頃、大きなバケツと小さな缶詰とでは、降雨量が違うと思って、皆と実験をしたことを思い出した。
結果は・・・・・・?。
昨日夕方から今日の17時までの雨量は、バケツに立てた定規で20cmだった。200ミリの大雨である。
ポリバケツの口は底面よりも少し広いから、雨量を少し割り引くとしても、150ミリ以上の雨だったのだろう。
この雷雨の中、雨合羽を着て、下の段溝の溝掘り清掃共同作業に参加した。水田面積約10Ha(10万平方m)。
参加者34人が、鎌・スコップ・草刈機を持って黙々と仕事をした。
5月下旬から始まる本格的な稲作り前の、大切な共同の仕事である。
思えば、何百年も前からこのような共同作業によって、用水路・稲作・地域集落は維持されてきたのであろう。
今年は、万江川から下の段溝(農業用水)に水を取水するための取水口の改良工事をしたので、その落成式もかねて、午前10時30分から懇親会をした。
内山慶治山江村長・冨岡山江村議会副議長・工事施工業者(竹内建設)を交えて、総勢30名以上が参加した落成式は、ビールで乾杯の後、球磨焼酎を酌み交わしながら、色々な話を肴に午後1時頃まで楽しく続いた。
今年も豊作であれ。
焼酎を 飲まぬ日は無し 球磨盆地。佳久。
久々の日記。
毎日日記を書くという人は、何か特別な才能をもっておられるのだろう。
久々の日記だ。
飛ばした日時の日記は、思い出しつつ、ゆっくりと書こう。
今日は5月17日。晴れ、多分5月6日から連続して晴れているようだ。そろそろ雨かなあ・・・・。
農場は乾燥してカラカラ。
日記がお休みの間に、稲の種を播き(2Ha分)、ショウガの種(10アール)を植えた。
早植えコシヒカリも元気になってきた。
田んぼには、天然の鴨が2~3羽良く飛来してくる。草取りにもなって大歓迎である。
そろそろ忙しくなってくる・・・・・・・。
ようやく4月分アップです。
4月30日(土):暑いけれども曇り空模様。
背負い式草刈り機にて、土手草払いをする。今の時期は草が柔らかくて刈りやすい。
赤米・緑米・試作米を水につける。
雨が降るらしいけど、コシヒカリに除草剤を撒いた。大雨になりませんように。
自分の田畑には、1980年からただの一度も、化学合成の農薬(殺菌剤・殺虫剤・除草剤)を撒いたことはないが、高齢化で田んぼを作れなくなった人から借地をしている田んぼでは、除草の手が回らないので、やむなく除草剤を1回だけ使っている。(殺菌剤・殺虫剤は使用せず。)
午後は前田溝の溝掘り。
溝掘りの後、焼酎のみ。(ほんの少し口に含む程度)。
水神様にお供えした後、我々も頂く。
その後も草払いをする。
頼まれていた田んぼの耕運も、トラクターで耕した。
明日はいよいよ下の段溝掘り。どうぞ大雨が降りませんように。
5月ですが、
本日は4月30日(土)
29日と30日の日記を書く。
4月29日(金):暑い一日、みどりの日に相応しく野山の緑が目にまぶしい。
新緑たけなわである。
黒米の塩水選をする。
比重計を持っていないので、代わりに鶏の卵を使った。
卵がほぼ真横になるまで塩を加えたら、軽い籾は浮かび上がり、15キロの黒米のうち、充実していて残った種籾は5キロのみであった。
黒米を浸種する。
夕方、再度ショウガ・プロジェクトの話し合い。今度は二人で来られた。
品種名は金時ショウガだそうである。小型のショウガらしい。
5月10日前後に植え付け予定とかで、準備が俄然忙しくなりそうだ。
上手くいきますように。
浸種:種子を水につけること。水稲のヒノヒカリの場合、日平均水温の累計が100度℃程度になると、水を十分に吸って籾が膨らみ、芽を出す準備が整う。
種籾準備
4月28日(木)晴れ・暑い一日。気温を書きたいけど測定していないので・・・・。
黒米・赤米・緑米の種籾準備。他に試作用として、赤米2種・黒米2種を少量準備する。緑米と試作用は兵庫県から取り寄せた。
五木村の小学校の先生が、子供達と栽培したいからと、赤米・黒米の種子を少量持ち帰られた。子供達よ、がんばれ、がんばれ。
午後は目も回るような多忙さだった。娘の用事、山江村教育委員会、山江村企画情報センター、母の病院、妻の職場、と慌ただしい移動だった。
「神野直彦著・地域再生の経済学(?)」を注文する。
夜は「しょうがプロジェクト」の話し合いをする。
コシヒカリは、どうやら活着して元気になったようだ。明るい緑色が美しい。
4月29日(金)0時17分記す。
未だ送り方わからず・・・
本日は4月27日。25日からの日記を書く。
25日(月):晴れ。
さやインゲン、スイートコーン、ほうれん草の種まきをする。
暑い一日で、芽が出るか心配である。
なす、ピーマンには灌水をする。
コシヒカリの補植、田んぼ2枚終了。
夜は地域月例会に出席。国民健康保険税5万1千円、水道料5100円(2箇所分)、地区消防費3600円、PTA準会員費1000円、氏神様費3100円などの支払いをする。
26日(火):晴れ。
コシヒカリの補植。役場にも行く。
27日(水):晴れ。コシヒカリの補植。
ヒノヒカリ20キロ・アキゲシキ10キロの塩水選、種子消毒(温湯消毒)・ 57度℃15分間浸漬。稲の馬鹿苗病、いもち病に効果あり。
それにしても、毎日日記を書くというのは、少々難しい。
出来るだけ頑張ります。
夜は、JA農作業受託協議会の会議に参加した。